予想通り、別れはつらいものでった。たかだか一年といっても、内容が濃いかったから、余計であろうか。
そして、小生と入れ替わるように、日本から新たな記者もやって来た。岩石隆光さんは毎日新聞の編集委員で、老人医療などが専門分野である。定年を控えた57歳ながら、非常にエネルギッシュな方で、ウェザーフォードにある高齢者向けケアセンターや病院を重点的に取材し、日米比較を行いたいという。
ウェザーフォードに到着した翌日から、岩石さんは小生とともに精力的に動き回った。ニューズルームのみんな一人ひとりにあいさつし、「カズキの父です」といって皆を笑わせた。ともに出かけた日曜の教会でも、「カズキの父」ですと言ったため、元大学教授のノーバートは、本当に信じ込み、他の教会メンバーにも、カズキのお父さんがはるばる日本からやって来た、と触れ回った。
そして、岩石さんは翌日の新聞でも写真つきで一面に大々的に取り上げられた。
「Sayonara -- Irrashaimase」の見出しとともに、東京の記者が、ウェザーフォードにやって来た!と、岩石さんの経歴や家族について触れ、紹介した。
ニューズルームの同僚や町の人々たちにとって、最大の関心ごとは、岩石さんが家族を置いて、単身でアメリカに来たことだった。
「日本にいる奥さんは、だんなが一年も家を空けて、どう思っているんだ?僕のところなら、離婚沙汰になる」とオーナーのフィリップは真剣に話した。
「岩石さんと同じ会社にいた、日本で著名な鳥越俊太郎というジャーナリストも40代の働き盛りで家族を置いて、一年間アメリカの地方紙に来たよ」。そう言うと、フィリップはさらに頭を抱え込んでしまった。
「どうして家族と離れ、不慣れな生活をしてまでアメリカに来るのか、僕にはさっぱり理解できないよ。この町に住む大半の人が疑問に感じているはずだ」とフィリップは付け加えた。
そうまで言われると、こればかりは本人にしかわからないことなので、岩石さんに尋ねた。
「これまで、豊かな老後を送るためにはどうすればいいとか、日本の高齢社会についてさんざん書いてきたけど、いざ自分の胸に当てて考えるみると、『では、自分は老後をどう生きたいだ?』という疑問がわいたんです。そして、書きっぱなしはいけないと感じた。QOL(Quality Of Life)が高いと言われるアメリカ人の老後はどうなんだろうと思って、アメリカに行こうと決心したんです」
岩石さんは、滞在していたモーテルの部屋で話した。親子ほどの年齢とまではいかないが、岩石さんは、新聞記者として大先輩である。自分が岩石さんの年齢になったとき、果たしてこういった境地で自分と向き合うことができるだろうか。さらに、この海外の経験を、帰国後、今後の執筆作業にフィードバックしたいというのだから、その仕事に対する熱意にも頭が下がる。
「ところで今西君は、日本に帰ったらどうするの?まだ、独身なんだったら、早く結婚した方がいいね。結婚すると、方向性も自然と固まるから」と岩石さん。
「フィリップにも同じこと言われてます」と答えると、「やっぱりね」とは言わなかったが、顔は確かにそう言っていた。


突如として解雇を通告されたミッシェル(左)。この笑顔を見ることができないと思うと、やはり寂しい。
米国に来てから、取材方法や原稿の書き方などを指導してもらっていた警察、市政担当の記者、ミッシェルが突如、編集長のラリーから解雇通告された。ミッシェルにとって青天の霹靂だったようで、ラリーから通告を受けたとき、ショックで呆然としていた。
ちょうど取材先からニューズルームに戻った際、ラリーがミッシェルに解雇通告している光景を目にした。ニューズルームには、他の記者はいなかった。2人は、部屋に入ってきた小生を見ると一瞬沈黙し、ミッシェルは「わかったわ」と言って、立ち去った。
正直なところ、とうとうこの日がやって来たのかと、やりきれない気持になった。というのも、ミッシェルが解雇されるのを、小生は事前にオーナーのフィリップから聞かされていたからだ。
先週の木曜日に、2人で彼の所有する別の町の新聞社へと車を走らせているとき、「君が日本へ帰国するころには、ミッシェルはいないかもしれない」とフィリップは衝撃の事実を明かした。
びっくりして聞き返すと、「これまでのミスは看過することができたが、今回の裁判の記事にもう我慢が限界に達した」とフィリップは言った。彼の言う裁判とは、前回のブログでも紹介した、地元高校フットボールスターだった17歳のジャスティン・サイズが、鎮静剤「メタドン」を過剰摂取し死亡した事件で、薬を渡した元クラスメートの2人が第1、2級殺人罪に問われている裁判だ。
そして、ミッシェルが犯したミスとは、法廷で11人の友人らが証言した際の記事で、事実関係に誤認があった。記事中には、サイズが被告のクラスメートから薬を購入するのに20ドルを払ったとあったが、実際は、お金を払ったのは別の少年であった。さらに、この友人は、サイズと知り合って1カ月との記述だったが、実際は、数年前からの知り合いだったことが後になってわかった。
新聞のミスを指摘した多くの読者は、サイズが昨年まで通っていた高校の教諭や友人だった。学校内では、この裁判に関して、新聞はまったく信用できないというのが共通した認識だった。それを知ったフィリップは新聞の信頼性が落ちたことに落胆し、ミッシェルの解雇を決めたというわけだ。
「1年前に僕が面接したとき、彼女は申し分なかった。性格も良く、一流紙や通信社でも活躍し、経験も豊富だった」とフィリップは話した。ミッシェルはカンザス州出身の52歳。カンザス州立大学でジャーナリズム学科を卒業し、セント・ルイスへ移って、テレビのレポーター、AP通信、全国紙USATODAYなどの記者として活躍した。数年前に離婚したが、過去にラリーと同じ新聞社で仕事をした縁から、ラリーの引きがあり、現在の新聞社へとやって来た。
それだけに、ラリーにとって、ミッシェルへの解雇通告は辛いものとなった。しかし、ミッシェルが解雇される要因には、他にもいくつかあった。
編集長のラリーが病欠した際には、生活担当のエミリーとスポーツ担当のジェフが原稿を執筆しつつ、紙面のデザインや見出しなどを付けるという作業を分担した。たった4人しかいない記者が、病気などで1人でも欠けるだけで、その影響は大きかった。こうした不測の事態に備え、記者らはふだんから、編集作業やデザインが1人でできるようにコンピューターのスキルをラリーやフィリップから学んでいたのである。
しかし、ミッシェルは、こうした不測の事態にあっても、自分の持ち場である市政と警察の仕事しかしなかった。というよりも、できなかったと言った方が正しいかもしれない。彼女にはそのスキルがなかったのだ。
「ニューヨークタイムズやワシントンポストのような大きな新聞社ならいざ知らず、僕らみたいな小さな新聞社では、取材や記事を書くという本来の記者の仕事以外にも、見出しを付けたり、紙面をデザインするという編集能力が不可欠。ただでさえ、新聞を読まない人が増えて、経費が削減されているのだから、記者1人が2、3役をこなさないと小さな新聞社はやっていけない」とラリーは、地方新聞の苦しい状況を説明した。
「(ミッシェルの解雇は)避けられないことなのか?記者でなくとも、他のポジションに移すということも考えられるだろ」と2人だけとなったニューズルームでラリーに尋ねた。
「どうしようもないことなんだ。すでに決まったことだから。こういったことはここでは珍しくはないんだよ」と力なく言うとラリーは静かにパソコンの画面に向かった。

地元高校フットボールスターだったジャスティン・サイズ
このところ、勤務時間終了後になると、シェリーの次男で、地元の大学に通う18歳のジェームスが小生のデスクにやって来ては、日本の話を聞きたがる。特に、話題の大半は、バイクや音楽、今回のアメリカ大統領選が日本でどのように報道されているか。
「ここいらの大人たちは、マッケインを支持しているけど、彼はブッシュと同じ。本当の意味でアメリカを変えたいなら、やはりオバマだね」と屈託なく話す。賛否はともかく、きちんと自分の意見をはっきりと人に言えるのは、たいしたものだと感心した。聞くと、家族の中でも、今回の大統領選で誰を支持するのかは、それぞれ分かれているのだという。
ジェームスは18歳ながら、市内各所に設けられ新聞の自動販売機を統括する責任者でもある。ジェームスまでの前任者は、ラスベガスへ行って、そのまま帰らなかったリックと、大手のオクラホマンへ転職したクリスといったいずれも40代のベテランだったが、相次ぐ突然の退社に、憤怒したオーナーのフィリップが、思い切って初心者同然のジェームスを責任者として指名したのだ。
当初は、新聞販売や折り込み広告に素人のジェームスに責任者を任せるのには、社の皆からも「若いし、任せるには危険過ぎる」との声が上がったものの、彼の持ち前の明るいキャラクターと頑張りから職場の信頼を見事勝ち取り、なんとか無難にこれまで仕事をこなしている。

入れ墨を誇らしげに見せるジェームス。いつかは日本へ行ってみたいという。
「でも、実は本当にやりたいことは、スポーツマネージメントなんだ。今年の夏には、フロリダでコーチングの研修があるんだ」とジェームスは真剣な表情で話した。高校時代から、ガススタンドやカーショップ、油田などでさまざまな仕事をこなしてきたというジェームス。あくまで、今の新聞社の仕事も、将来のスポーツマネージメント業を起こすまでの一環であるという。
「俺は高校時代にフットボールに明け暮れた。でも、一流大学に行く金も実力もない。だから働く必要があったんだ。本当は大学でもフットボールをやりたかったけど、選手としてではなく、将来的には、ビジネスマンとしてスポーツに関わっていきたいと思うようになったんだ」とジェームスは目を輝かせた。
そして、不意に、Tシャツを脱ぎ、背中に彫り込まれた入れ墨を見せた。そこには、「IN MEMORY

ジャスティン・サイズは昨年6月、鎮静剤「メタドン」を多量摂取し死亡した地元高校のフットボールスターである。その後、ジャスティンの自宅で開かれたプール・パーティーでメタドンを渡したとされる17歳の同級生2人が第2級殺人(後に、1人は第1級)で逮捕され、裁判が始まったばかりだ。また、2人に薬を渡した准看護士(33)も違法譲渡で逮捕されている。
ジャスティンが死亡した前日のパーティーにはジェームスも同席しており、翌日の朝に救急車を呼んだのはジェームスである。もちろん、公判でも証人として出廷し、証言もしている。
「俺と奴は、大学で一緒のアパートで住む約束をしていた。そして、2人で起業できたらな、なんて夢も語り合った。ジャスティンは俺に、ドラッグはしないという約束をしてたんだ。けど奴はあの晩・・・」と急に声を詰まらせた。
そして、ちらりと振り返り、「確かに、俺は奴にドラッグをしないという約束を破られて、がっかりしたよ。けど、それ以上に、奴と一緒に大学に行けず、昔のように語り合うことができないことの方が、正直、悲しかった。そして、なぜ俺の言葉が奴の胸に響かなかったのか、悔しかった。でも、約束を守らなかったとしても、奴は唯一無二の親友であることは変わらない」と涙で目を潤ませた。
そして、あの事件以来、現在も高校で実施されているドラッグの抜き打ち検査がいかにずさんで、無力なのかを、皆に訴えたいと思うようになったと言い切った。「そういった意味でも、新聞社は格好の職場だろ?」と笑った。そういえば、事件間もなくして、教育担当のエミリーの記事で、そういった内容の記事が出ていたのを思い出した。きっと、ジェームスがエミリーに話を持ちかけたのだろう。
「で、カズキ、今年の夏に行くフロリダで日本語の入れ墨を入れようと思うんだけど、入れたい単語は決まってるんだけど、日本語でどう書くんだ?」といつもの笑顔で尋ね、その単語を書いた紙を小生に手渡した。そこには「Courage(勇気)」と書かれていた。この夏には、その文字の入れ墨が、背中に彫られたジャスティンの入れ墨と対を成す形で右胸の「力」とともに左胸に入っているはずだ。きっと、これらの言葉は、ジャスティンのようにドラッグをやめることができない同世代に対する彼なりのメッセージなのかもしれない。

ここ4、5カ月、休日の土日のどちらかを、隣人のクリントン=写真上=と過ごすことが多い。クリントンといえば、前大統領を思い浮かべてしまい、白人と思いがちだが、隣人は黒人でイリノイ・シカゴの出身の42歳で工事現場で働いている。身長185㌢、体重100㌔はあろうと思われるほどの大男だ。町で通りかかったら、まず目をそらすであろう人物と、毎週末を過ごすほど、仲良くなったのかと言われると、頭をかしげざるを得ない。ほとんど毎週末、小生が住むアパートにやって来て、「映画へ行こう」「モールへ行こう」とドアをノックするのだ。当初は、強面の外見から、「物取りではないか」「実はゲイじゃないのか」などと警戒心を強めていた。
しかし、なんやかんやと、これまでに10本ぐらいの映画を一緒に見たような気がする。「アイ アム レジェンド」「クローバーフィールド」「ランボー」「トレジャーハンター」「バンテージポイント」・・・。

映画の見る前か、見た後はモールにあるフードコートでランチをするのも、ほとんど変わらない。個々に用事があれば、行きたい店に寄るぐらい。クリントンは、ゲームショップ、小生は本屋が主な立ち寄り先だが、夕方には、家路につく。そして、天気が良ければ、裏にある大学のコートでバスケットボールに興じるのだ。
一緒に町へ繰り出すようになって1カ月ぐらいしたころだろうか、クリントンは、自ら身の上話を始めた。ウェザーフォードへやって来たのは2年前。イリノイには、45歳の妻と17歳の息子がいる。彼によれば、妻はとんでもない悪妻らしく、浪費ぐせがあるうえに、クリントンの知らないところで、借金を重ね、返済期日になっても返さない。そのため、夫のクリントンの所に返済請求がやってくるという日々の繰り返しだった。妻は、クリントンの母親にも借金をしており、親戚一同からも総スカン状態となった。次第に、夫婦の関係が修復できないほど悪化し、否応なくクリントンはイリノイの家を1人で出たという。
「どうして、離婚しないんだ?」と問うと、「そんなことしたら、慰謝料をふんだくられるに決まっている」と苦渋の表情を浮かべた。一方、クリントンの1人息子は母親と同居しており、最近、2歳年上の彼女ができたという。しかし、その彼女は父親不在のイリノイの家に入り浸り、自分の家にはほとんど帰らない状態だという。
「まるで昔の自分を見ているようだよ。10代で子供ができたら生きていくのがどれほど大変か、まだわかってないんだ。あいつには、きちんと大学に行ってもらいたいんだけどな」と表情を曇らせた。自分のことにしか興味がない妻が、息子とその彼女の生活態度を律するとは到底考えられない。すさんだ生活が浮かぶ、とクリントンは首をもたげた。

それでも、毎月の給料の中から、息子へ送金することを欠かさないクリントン。その一方で、今月末から、オンラインでコンピューターサイエンスの講座を受講するといい、向上心は衰えていない。
「あいつが高校を卒業したら、ここで一緒に住みたいんだ。それまで、僕も頑張らないと」と巨体を揺らしながら、クリントンは小さな目を潤ませた。

託児所で預かっていた生後9カ月の男児をベビーサークルに投げ込み、死亡させたとして、第一級殺人罪に問われている託児所経営者、リンジー・ポープ被告(25)=写真上=の公判を先日、傍聴した。この日の審理では、ウェザーフォード署で任意で事情を聴かれていたリンジーが、「朝から気分が悪くて男児をベビーサークルに投げ込んだ」と自供する衝撃のビデオテープが公開されたが、弁護側は、この自白は、リンジーが弁護士を求めたにもかかわらず、聞き入れてもらえずに行った自供として、証拠としての認定を取り消すように裁判官に求めた。
以前の「Shame on you(恥を知れ)」の回でこの事件を取り上げたので、事件の詳細は省くが、訴えによると、妊娠しているリンジーは昨年9月15日、預かっていた子供を泣きやますことができないことにかなりのイライラを募らせていた。そして午後すぎに、再びおう吐を催したため、便所に駆け込むために、男児をべービーサークルに投げ込み、殺害したとされている。死因は、投げ込んだ際に受けたとみられる頭蓋骨の外傷だった。
この日は、証人として、彼女を取り調べた刑事が出廷、地方検事、弁護人両者から質問を受けた。担当検事は、同様ケースの判例を紹介しながら、刑事が彼女の供述を促したわけでなく、自発的に彼女がしたのものだと主張。一方の弁護人は、取調室にいたリンジーは、刑事から男児の死亡を聞かされた後、数度にわたって弁護士との連絡を要求したことを主張。にもかかわらず、刑事は約1時間の間に、リンジーの携帯電話を取り上げ、数度となく席を外し、リンジーの要求を故意に聞き入れようとしなかったと主張し、両者の言い分は真っ向から衝突した。
その後、法廷の大型プロジェクターで放映されたビデオ映像は、衝撃的なものだった。幅約1㍍ほどで、2人も入れば窮屈な取調室。映画やドラマで見るような広さはなく、透視ガラスも見あたらない。奥には小さなテーブルと椅子が置かれているだけだ。ビデオは、向かって左奥に、Tシャツにジーンズ姿のポープを映し出す。そのすぐ右隣に、法廷の証人席にいる刑事が座っている。この時点で、まだ男児の死亡の知らせは入っておらず、リンジーは重要参考人として任意で事情を聴かれていた。
刑事は当初、リンジーに託児所設立の経緯を聞いていた。まだ事業を始めたばかりで、免許が交付されていないとリンジーは淡々と答えた。そして、刑事はこの日の男児の様子などを聞いた。この時点で、男児は病院で治療を受けている最中だった。リンジーは刑事からの質問に素直に応じ、取り乱した様子もない。
刑事は、聴取の最中に数回にわたり部屋を出たり入ったりしたが、3回目ぐらいにあわてた表情で、部屋へと戻ってきた。
「赤ん坊が病院で死亡した。頭のけがが死因のようだ」とリンジーに伝えた。一瞬、室内に緊張が走った。刑事の顔には当初の落ち着きはすでになかった。「何をしたんだ?」とリンジーに矢継ぎ早に問うが、「私は何もやってないわ。わからない」と泣きながらリンジーは答えた。両手で顔を覆い、何度も首を振るリンジー。「Oh, My God!」との声も聞こえる。
1人にされたリンジーは、落ち着かない様子で、机に置かれていた紙に、かりかりとペンで何やら書き始めた。この日の審理で争点にもなっている、彼女の自白文である。彼女が書いている間に、刑事は戻ってきたが、彼女は机に向かって書き続けてた。書き終えたリンジーに、刑事が「弁護士なしに、君には何も聞かないよ」と伝えた。静かな時間がしばし流れた。
しかし、リンジーは突然、自ら「私は妊娠していて、朝から気分が悪かったの。寝かしつけようとしても、子供がなかなか泣きやまず、イライラしていた。昼すぎに、吐き気がしたので、便所へと駆け込む際に、子供をベビーサークルに投げ捨てた。ここ最近、自分の家庭のことや、仕事のことでストレスがいっぱいだった」と泣きながら「自供」し始めた。
そして、ビデオの画像はストップする。裁判官が、「私は同様のケースをこれまで何度か審理してきた。刑事は、リンジーが弁護士を要求しようとした際、即座に応じるべきであった。明らかに、何度も席を立ったのは、故意にそれを阻害しようという意思が見て取れる」として、リンジーの自供を証拠としては認めないとした。しかし、弁護側は保釈金100万ドルの引き下げを請求していたが、こちらは、死亡した男児以外にも、リンジーが託児所で預かっていた子供を虐待していた可能性があるとして、却下された。
傍聴席には、この事件を記事にした小生に電話で「恥を知れ」と怒りの抗議を行ったリンジーの母親の姿もあった。その後ろの座席には、死亡した男児の両親の若い夫婦が座っていた。一方、オレンジ色の囚人服のリンジーは被告人席で、泣いてばかりだった。彼女のお腹は、前回見たときよりも、さらにぷっくらしていた。
先日、ニューズルームで、日本の記者の一日について話していたとき、警察などの捜査当局を担当する記者らは、事件の端緒やネタをつかむために、毎日のように朝と晩に刑事や幹部らの自宅を訪問する「夜討ち朝駆け」という取材活動をしていると言ったら、皆にたいそう驚かれた。
「そんな時間まで自宅まで押しかけて、対応してもらえるのか?怒られないのか?」「日本の記者は、刑事みたいだな」と言われた。さらに、「日本の新聞社は、暇な記者が多いんだな」と最後には、ほとんど呆れられた。
現金こそは相手に迷惑がかかるために渡さないが、ケーキや茶菓子などの手みやげ持参で行く記者もいるというと、「それはここでは賄賂として認識される。金額は少額であったとしても」とオーナーのフィリップが、真剣な表情で話した。
そして、もし警察担当のミッシェルが、日ごろのお礼にクッキーを焼いて、警察に持って行こうとしても絶対に止めるという。
日本では、「社の方針として明文化されているわけではないが、どちらかといえば関係を築くための手段として奨励されている向きがある。一昔ほどではないけど、刑事さんに晩飯をおごるぐらいはよく聞く話だ」と話すと、アメリカではまずあり得ない話とさらに驚かれた。
ここは、田舎の新聞社で、他紙との競争も激しくないからだと思ったが、そうではないらしい。全米各地の新聞社事情に詳しいラリーによれば、確かに、マスコミ(特に資金力豊富なテレビや雑誌社)が、ネタ欲しさに捜査当局担当者を接待漬けやプレゼント攻勢をかけることが問題視された時期があったが、そうした行為はマスコミの信頼性を落とし、弱体化を招くと、数十年のも前から社の方針として、記者らに無用な贈り物類や接待をすることを固く禁じる社が増えたという。
記者が当局担当者の自宅に訪問し、お茶菓子を持っていることが社にわかれば、その記者は職さえも失いかねないという。
「社会正義を訴え、不正を暴く新聞社が、例え金額が小さいとしても、ネタ欲しさに取材先にプレゼントを贈るのは、自己矛盾している行為とは思わないか?そのネタが政治家や役人の贈賄の事件だったとしたらあまりに皮肉な話だろ」とラリーはいう。「相手の手の汚れを拭いたいのであれば、まずは自らの手から」とウインクした。

サンプルだが、これが今回の予備選の投票用紙。すでにドロップアウトした候補者の名前もある。左が民主党。
いよいよやって来た米大統領選の候補者選び天王山、スーパーチューズデイ。前回のブログでも紹介したように、ここオクラホマのウェザーフォードでも民主、共和党の大統領候補者を選ぶ予備選挙が行われた。
朝出社すると、投票へ行くというオーナーのフィリップに同行して、投票所の教会へと向かった。ここオクラホマでは、18歳以上の市民で申込用紙に必要事項を記入して事前登録すれば、投票ができる。しかし、他州と違うのは、登録時に、民主か共和党かどちらの候補者に投票するのか決めなければならない。ちなみに、隣のテキサス州では、投票に行った際、この2党とインディペンデンスのなかの3択から決めるというのだから、州によっては多少異なるようだ。

さっそうと投票へ向かうオーナーのフィリップ。予備選では18歳から一貫して共和党候補者に投票しているという。奥方は、民主党です。
フィリップは18歳で登録したときから、一貫して共和党だが、彼の妻、ジニアンは民主党で投票。編集長のラリーも共和党だが、息子のブライアンは民主党。そういえば、カリフォルニア州知事となった日本でも馴染みの俳優、シュワちゃんは共和党のマッケインの支持をしたが、妻で故ケネディ大統領の姪、マリアは民主党のオバマを支持している。夫妻とはいえ、支持する政党が違うのは、アメリカではごく自然なようである。
フィリップは、元NY市長のジュリアーニを支持していたが、先週あえなく、ドロップアウトしてしまったものだから、マッケインに投票。ジニアンは朝の時点で、オバマかヒラリーかどちらに投票するか決められず、その後はどうしたのかは知らない。しかし、共和党でマッケインが候補者になれば、大統領選ではマッケインを支持すると言っている。同じ女性でも、ヒラリーには大統領になって欲しくないらしい。決して不倫を許さないジニアンは、大統領になるために、元大統領のビル・クリントンと別れなかったヒラリーに共感が持てないようだ。
ジェフは以前から宣言していた通り、マッケインに投票。パキスタンのブット元首相が暗殺されたときに、いち早く声明を出したマッケインへの投票を決意したという。ジニアン同様、彼もヒラリーだけには、大統領になって欲しくないという1人。以前、夫のビルが知事だった頃にアーカンソーに住んでいたことがあり、その頃から、ビルのスキャンダルの多さに辟易としていたという。そんなダメ夫と大統領の権力欲しさに連れ添うヒラリーを、「政治家という前に、人間的に信じられない」と力説する。オバマに関しては、黒人初の大統領となるなら、元国務長官のコリン・パウエルの方が器がいいらしい。
編集長のラリーもマッケインに投票。深い意味はないらしいが、彼も、フィリップと同様、ジュリアーニ支持者だったが、消去法でマッケインを選んだ。ちなみに、NBC系列のテレビ局に勤める息子のブライアンは、ヒラリーに投票した。以前、2人が、大統領選で民主、共和どちらを支持するか激論を交わしているのを思い出したが、親子であっても、支持する政党は異なる。

お願いもしないのに不在者投票まで見せてくれた。日本ではあり得ないほど、親切。それとも情報開示が進んでる?「あのー、投票者の名前が見えてやしませんか?」とは記者の習性上、聞かなかった。
さて、オクラホマでは、電子投票が実施されており、会場に着くと係の人に、名前を告げて登録されているか確認し、縦約50㌢、横約10㌢のマークシート用の投票用紙(民主は水色、共和は黄色)が配布される。後は、候補者の名前が書かれてある矢印の中央を鉛筆でつなぐだけである。書き込み終えた投票用紙を、自分で会場に置かれたリーダーに読み込ませると自動的に誰に投票したのかがカウントされるシステムとなっている。

開票作業が進められた選管事務所。近所の女の子が遊びに来るほどアットホームなのはなぜ?奥の別室には、コーヒー、クッキーなどのリフレッシュメンツも
しかし、午後7時に投票が締め切られ、開票所へ行くとトラブルが発生していた。なんと、リーダーを読み込ませる挿入口ではなく、リーダーとその下部にある投票箱にできた隙間に、謝って投票用紙が挿入されていたことが発覚し、150近い投票用紙を職員らが1枚ずつリーダーに読み込ませることになった。トラブルが発覚するまで、ミッシェルとともに顔見知りの郡職員らと談笑していたが、突然、選管の職員に呼ばれ、「トラブルがあったので、証人として立ち会って欲しい」と奥の部屋へと連れて行かれた。
そこには、投票場に設置されていたリーダーと、その上には隙間に残っていた投票用紙のマークシートの山が置かれていた。「では、今からもう一度投票用紙をリーダーに通すので、確認してください」と男性職員がミッシェルと小生に確認作業を見守らせた。うーん、日本ではまず考えられない光景である。どんな選挙であれ、メディアを証人として立たせるなんて、日本ではあり得ない。選管職員や地元の民主、共和党員、AP通信の記者と、1,2,3・・・というようにリーダーがきちんと投票用紙をカウントするかずっと点検するのである。

隙間に残っていた投票用紙をリーダーに通す選管職員。奥の赤シャツは、郡副保安官で、腰には拳銃がのぞく。ちなみに上司は、以前のブログで紹介したセクハラ保安官で、いまだに家から出て来ないので、この日も彼が出動。
「オクラホマでは基本的に、どうやって開票作業がされているのか、メディアに見せることになっている。ブッシュとゴアが争った大統領選で大チョンボしたフロリダのことは知っているだろ?あんなあり得ないヘマが起こるのを防ぐ意味もあるのさ」と選管職員の男性は自嘲気味に笑った。
日本では、決められた記者席から遠く開票作業を眺めるだけで、こんな至近距離で見ることはできなかった。手作業でなく、電子投票だからできるんだろうけど、作業をしている職員の横から誰に投票しているか投票用紙は見える。日本にもいつか、こんな時代がやってくるのだろうか?日本では広報課長に、各候補者の残票を教えてもらっていたなんて言っても、ここでは逆に驚かれるだろうな、きっと。

上の写真のようにリーダーに通すと、自動カウントされ、下の写真で見られるようなスーパーのレシートのような紙に候補者ごとの得票数が出る。
オンラインで、州全体の各候補者の得票数や得票率が随時、入ってくる。そして、顔なじみの郡職員の女性、カレンが「カズキのために、更新してあげる」といってクリックしてくれる。そして、市民らも普通に選管事務所に規制なく出入りし、現時点で誰がどの程度、得票しているのか職員らが親切に教えてくれる。日本に比べ、なんと市民に開かれた社会なんだろうと感心してしまった。

開票当初から、クリントンがオバマを大きくリード。さすが白人が9割近く占める土地柄を表しているのかも
職員らがリーダーに通している間、クリントンとオバマにどちらが多いかが気になって後ろから投票用紙をのぞいたが、圧倒的にクリントンの方が多かった。日本としては、民主党よりも、親日派といわれる共和党のマッケインに大統領になってもらった方がいいので、ニューズルームのみんなとは思惑は一致している。日曜のスーパーボウルのときと同様、明日もみんな寝不足だろう。
と書いている最中に、オクラホマは、クリントンが取った模様。共和党はマッケイン。クリントンとオバマは午後11時時点で、ほぼ互角の戦い。特にミズーリ州はオバマ49%にクリントン48%か。熾烈な争いを展開している。ほんと目が離せない。
そういえば、夜ニューズルームを出る前に、ラリーが「アメリカが風邪引いたら、日本も風邪を引くって言うんだろ?風邪ならまだましだね。メキシコとカナダは、肺炎かインフルエンザになるって言うんだ」と言ってたが、これって、本当なんだろうか?知ってる人がいたら、是非教えてください。
いよいよ来週に差し迫ったスーパーチューズデイ。大統領候補者選びの天王山とも呼ばれ、大票田のカリフォルニアなどで一斉に民主、共和両党の党員大会と予備選が行われ、両党の大統領候補者が出そろう。日本では民主党のヒラリーとオバマに注目が集まっているようだが、ここウェザーフォードは異なる。大半の市民は共和党の候補者選びの方に注目している。
これまでの経過をみると、アリゾナ州選出の上院議員、マッケイン候補が頭ひとつ飛び出している感はあるが、マサチューセッツ州前知事のロムニー、アーカンソー州前知事のハッカビーがどこまで巻き返すことができるのか関心が集まっている。ここウェザーフォードで親しくなった人たちに、どの候補に大統領になってほしいかを問うたが、圧倒的にマッケインの名が多かった。また、NYタイムズは先週末の社説で、共和党はマッケイン、ちなみに民主党はヒラリーが候補者としてふさわしいと表明している。
最も権威があるとされるNYタイムズが社説で、特定の候補者を推すこと自体に、疑問を感じざるを得なかったが、ウェザーフォードの人たちはそれとは関係なしに、マッケインの支持者が多いように思う。誰を支持するかは別にして、みんな共通しているのは、ブッシュ政権を失敗と断罪していることだった。
ニューズルームのジェフは当初からの強いマッケイン支持者だ。彼によると、民主党は結局のところ、選挙前には理想的なことばかり並びたてるだけで、結局は何もしないと踏んでおり、共和党の政策の方が現実的だからだそうだ。それでいて、共和党の他の候補者をみるに、アメリカの威信を失墜させたブッシュの後を受けて、アメリカを再興するカリスマ性を持つのは、消去法でいくとマッケインしかいないという。マッケインを支持する人たちは、ジェフと同じように彼のカリスマ性を挙げるが、小生はテレビで彼の演説を見ても聞いていても、そのカリスマ性を感じ取ることができなかった。
外見だけだと、ブッシュを叩いて平たくしたマッケインよりも、ロムニーの方が断然、大統領に近いように思う。頭を7:3分けにし、昔のハリウッドスターのようないでたち。父親も知事という生まれの良さも折り紙つきで、大統領にふさわしいように思う。ちなみに、タイム誌で結婚式の写真が掲載されていたが、夫人が恐ろしく美人だった。まさに美男美女で、誰もがうらやんだに違いない。
しかし誠実さだけを見ると、牧師のハッカビーに並ぶ者はいない。緒戦のアイオワで予想を覆して大勝利を収めたが、キリスト教信者が多い選挙人の州では、また勝ってしまうかもしれないという未知の力を秘めている。そして、どうやら音楽も大好きらしく、選挙事務所で、長髪のロッカーたちと一緒にベースをプレーし、レイーナード・スキナードの「スウィート・ホーム・アラバマ」を披露していた。大減量に成功したことが話題にもなっていたが、急な減量が裏目に出たのか、肌に張りがなくなり、かえって病的に見えた。「太った方が、健康的でいい」というのは、小生が通う教会の夫人たちの意見だ。
ちなみに、新聞社のオーナー、フィリップは、小生がアメリカに来た4月から、候補者はニューヨーク前市長のジリアーニと言ってはばからなかった。しかし、大方の予想に反し?これまでのところ、一度も勝っていない。昨年4月のUSATODAYの世論調査などでは、圧倒的な人気を得ていただけに、まさに?である。アイオワの党員大会直前で、緊急入院したのが少なからず影響しているのではないかだろうかと勝手に思っているが、地元のNYタイムズにも、「9・11で金儲けした」などとさんざんな書かれようだった。ちなみにフィリップは、「素晴らしいビジネス感覚を持つリーダー」と評価し、富裕層には人気は高いが、大衆には受けていないと指摘する。
あまりに、民主党のヒラリーとオバマばかり注目されるので、共和党の候補者ばかりを書き並べたが、小生がもう1人、注目する人物がいる。それは、ヒラリーの夫で、元大統領のビル・クリントンだ。モニカ・ルインスキーらとの不倫で人気なんてあるのか?と懐疑的だったが、非常に人気が高いのに驚いた。オバマの人気で影に隠れてはいるものの、黒人からの人気も高いらしい。フィリップが言うには、「メソジスト派の牧師のようなしゃべり方で話しかけられ、彼からハグされるとみんな、彼のことが好きになってしまう」という。また、不倫したのに、それを強みにしている希有な人物で、「なんだ、大統領だって不倫するんだ。俺(私)たちと同じじゃないか」と多くの人に思わせて、味方にしてしまったのだという。ヒラリーはそれを分かっていたから、ビルとは別れなかったし、彼を支えたスタッフを今回の選挙で使いたかったとも言われている。
いずれにせ、今は誠実さだけでは、あらゆる層からの支持を得るには難しいようで、時には人間の弱ささえも見せなければ大統領にはなれないのだろう。うー、なんて複雑なんだ。別にアメリカ人でもないので、そんなに悩む必要はないのだけれど。
担当するコラムを書き終え、休憩しながらCNNのサイトを見ていると、Breaking Newsで、映画「ブロークバックマウンテン」でアカデミー賞にもノミネートされた俳優のヒース・レジャーがNYのアパートで死亡していたと報じていた。最初は、20行にも満たない記事だったが、分刻みに記事の量が増えていった。アカデミー賞のノミネートがこの日朝に発表されたばかりだったため、ニューズルームにいたラリーやエミリーらも衝撃を受けていた。
CNNによると、死因は確定されていないが、ヒースの遺体のそばには、睡眠薬が発見されたことから、薬物の多量摂取が死因ではないかとの見方が強い。先週のブラッド・レンフローも薬物による死亡だっただけに、 有望若手俳優の2人の死は、アカデミー賞を控えた、華やかな映画業界に大きく影を落としている。
みんなで、若くして亡くなった有名人の名前を挙げていると、ラリーがおもむろに興味深い記事を見せてくれた。それは、月曜日に州最大の新聞社「オクラホマン」に掲載された記事だった。
「ブリトニーの訃報を準備」との見出しで、AP通信が、お騒がせセレブの1人、ブリトニー・スピアーズの訃報を準備していることを報じていた。彼女が先日、病院にかつぎ込まれたことが最大の要因ではあるようだが、まだ現在、生きている人間の死亡、訃報を新聞や通信社が準備をしているというタブーを公に報じていることに度肝を抜かれた。
「決して、ブリトニーの死を望んでいるわけではない。もし、そうなった場合、とんでもない大事になる。それに対して準備をしているだけ」と担当の編集長は必死に抗弁している。確かに、このところのブリトニー・スピアーズの行動は常軌を逸している感はあるが、とはいえ、まだ20代である。APの行動は過剰反応のようにも思える。
「こんな記事、僕も今まで見たことないよ。この種の話題は非常にデリケートで、ニューズルームだけで行われるのが常だったからね」とラリーも驚いていた。
日本にいた頃、訃報を書くのが嫌でたまらなかった。間違えたら、それこそ記者としては命取りとなる可能性が高い。非常にプレッシャーがかかる仕事の一つであった。名前の一字でも間違えなどしたら、それは大事である。その昔、ある高貴な方が亡くなられた際、間違えた訃報を書いたがために、どこか僻地に飛ばされ、そのまま幽閉状態にある、といったたぐいの都市伝説のような新聞伝説を聞かされたためだとは思うが、それほど記者にとって、訃報を書くのは神経を使う仕事なのである。
さらに、社会的地位の高い人物の訃報ともなると、生前からの取材量によって、訃報の善し悪しが決まるといっても過言ではない。京都総局で、大学担当をしていた頃、著名な学者の訃報で、何度、京都新聞や毎日新聞、共同通信に圧倒されたことか。京都は、著名な学者だけでなく、宗教家、芸術家も多く住んでおられるので、担当者は本当に気が抜けないのである。現在も、それは変わっていないと思うが。
話をブリトニーに戻すが、記事では、若くしてオーバードーズ(薬物多量摂取)で亡くなった有名人を紹介。映画「ブルースブラザーズ」で知られるコメディアン、ジョン・ベルーシや、革命的ロックギタリストのジミヘン、70年代ロックを代表する歌姫のジャニス・ジョプリン・・・。「スタンド・バイ・ミー」のリバー・フェニックスにも触れていた。こうして名前を並べると、各界で一時代を築いた人が多い。返す返すも惜しい人ばかりだ。
ちなみに、AP通信は1000人近い著名人の訃報予定稿をファイルで準備しているという。70歳以上がほとんどだが、ブリトニーを含めて20代の著名人も数人いるという。そして、ロサンゼルス・タイムスは400人を用意。その中には、ブリトニーは含まれていない。
「60年代に、キース・リチャーズ(ローリング・ストーンズのギタリスト)がジョン・デンバー(「カントリー・ロード」で知られるカントリー歌手。飛行機事故で死亡)より長生きするって誰が予想できた?」とは、ロサンゼルス・タイムスの訃報担当の編集長。備えあれば、憂いなしということか。万人には理解されないだろうけど、訃報の怖さを知る多くの記者には、この言葉がずしりと響いたはず。日本でもアメリカでも。

アポロ計画に参加した地元の英雄、宇宙飛行士トーマス・スタフォード(右)の博物館で記念撮影する同僚のミッシェル。こういうのって日本だけにあると思ってた
ランチを返上して、パソコンに向かって原稿をタイプしていると、オーナーのフィリップがやって来て、こちらの紙面で執筆しているコラムのネタを提供してくれた。というのも、最近、またまた、従業員が辞めたのだという。小生がこちらに来てから、これで何人目になるだろう?
レセプションが立て続けに2人、以前ブログに書いたアンドリュー、広告担当の青年(来て数日で辞めたので名前を思い出せない)、夏休みを取ってラスベガスに行ったまま、帰って来なかったリチャード・・・。そして、今回は、リチャードの後任で9月に入社したクリス。そのほかにも数日で消えた従業員が2、3人はいる。ざっとこの8カ月ほどで、10人ぐらいは辞めているはずだ。
相次ぐ社員の辞職がフィリップの経営者としての能力が不足しているからかというと、そいういうわけではないと思う。というのも、彼が社員をしかったり、恫喝している光景を一度も見たことがない。はっきりいって、「もっと言った方がいいんじゃない」とこちらが思うほど社員に対して紳士的に接し過ぎる傾向にある。また、常に、職場環境の向上に努めており、彼がニューズルームで掃除機をかけている姿も珍しくない。さらに残業するのは、編集長のラリーと彼ぐらいだろう。しかし上司が残業していようが、ほとんどの社員は5時になると、お構いなしにさっそうと帰宅していく。こういった光景はアメリカでは珍しくないようだ。

これ、何だかわかります?答えは、風力発電の風車の羽です。
「ようやく、仕事を覚えて、これからという時なのに。毎回、これの繰り返しだ!ほんとたまらない」とフィリップは隣の椅子に座って嘆いた。フィリップによると、クリスは突然、オクラホマ州最大の部数を誇る新聞社「オクラホマン」で、同じ搬送の仕事を得たので、辞めたいと言い出したのだという。
賃金は2、3ドルしか違わないのに、オクラホマンではテキサスまで配送しないといけない。「どう考えたって、ここで働いた方がいいじゃないか。大学のオンライン授業を受けたいといったから、色々親身になって働きやすいようにしてあげたのに」と恨み節はおさまらない。さらに、後任が決まるまでの間は、勤務を続けるという約束だったが、それも1日だけ来て、その後はメールで「先方(オクラホマン)が早く来て働いて欲しいといってるから、明日から行けない」と一方的に伝えてきたという。
「日本でも同じようなことがあるのか?」とほとんど半べそ表情でフィリップは聞いたが、ラスベガスへ消えたリチャードのようなケースは論外として、1年も経たないうちに、10人近くも相次いで従業員が辞めた話なんて聞いたことがないと言った。
というのも、フィリップは、ロータリークラブの交換留学で約20年前に数週間だけ来日した17歳当時、日本の終身雇用形態を目の当たりにしてカルチャーショックを受けたからだ。「なぜ、日本人は生涯一つの会社で勤め上げる人が多いんだ?辞めても次の仕事が見つかりにくいからか?企業年金がもらえるからか?景気がいいと言われているアメリカでも、実際は十分な仕事があるわけじゃないぞ。それでも何十年も一つの会社で仕事を続ける人は少ない。なぜだ?」と質問攻めにあった。
20年前とは違って、日本でも現在は転職する人の数も増えたが、それでもやはり、生涯一つだけの会社で過ごす人の数は、アメリカよりはまだ圧倒的に多いだろう。しかしフィリップの問いに対する明確な答えを見つけることができない。
「ある日、突然、社員が誰も来なくなるんじゃないかって思う時があるんだ。そうなると、たちまち会社は立ちゆかなくなる。冗談じゃないよ」と意外にフィリップの悩みは深い。
でも、そういった不安や悩みを抱えているのはフィリップだけではない。ダウンタウンででブティックを経営する女性、マーサも同じらしい。彼女の場合、販売経験がない女性に時給17ドルの賃金を払っていたが、その女性従業員から、「気分が悪いから休む」という電話がある日の朝にあった。しかし、病欠した翌日に出勤してくると、母親と一緒にショッピングに行っていたと、その女性従業員はマーサの前で悪びれることなく話し始めた。頭に来たマーサが「あなた、昨日気分が悪いから休むと言ったじゃない」と言うと、その女性従業員は「朝は、気分が悪かったけど、昼から元気になったから別にいいじゃない」とぬけぬけと話し、数日後には店に来なくなったという。
「今回と似た状況なら、カズキはどうする?」とフィリップから不意に尋ねられた。しばらく考えた末、「メールだけで、はい、サヨナラというわけにはいかない。会社というより、これまでお世話になった先輩や上司に申し訳ないような気がするから、辞めるにしてもある程度は義理は尽くしたい」と答えると、「アンビリーバブル(信じられない)。それは、日本人の多くが、会社に対して少なからず忠誠心があり、目上の人に対して畏敬の念があるからじゃないのか。これまで僕が知るアメリカ人従業員のなかで、そういった気持を持った者は皆無に等しいよ」と訴えた。
日本でも経営者は孤独というが、果たして、フィリップのような小さな町の経営者たちに安息の日は来るのだろうか。


by iza777
Sayonara-Irasshaimase